僕たちの未来の続き
現実ってのはやっぱり厳しい。春音あいらのプリズムジャンプを見て、もう一度プリズムスタァへの道を歩み始めた僕だったが、しかし、やはり何度やってもプリズムジャンプを飛ぶことはできなかった。
あの日見た夢の形。
あれは春音あいらが見せた幻だったのか?そんな、どうしようもない自問自答。そのたびに、僕は僕のことを少しずつ嫌いになる。見てしまったのなら、信じるしかないんじゃないのか?あの日の気持ちはどこに行ってしまったんだ。
上葉みあと出会ったのは、そんな屈折した日々に疲れ果て、いっそ別の道を目指してみようかと基本情報技術者試験の対策本を買い集めては思い直しブックオフに100円で売りつけて完全な赤字事業にお金が底をつきかけ本当にもう辞めようとレッスンに向かった日のことだった。
「社長は未来から来た未来人?」「じゃあ社長にはわかんないね」「私の未来がどうなるかなんて、誰にもわからない!」
衝撃だった。
恥ずかしながら、本当に恥ずかしいことに、僕は、半分も歳の違うその少女の言葉に、胸を打たれていた。
感動していた。
あまりにも、僕とはかけ離れた価値観。思想。哲学。心。ハート。言葉。
あとから聞いたことだが、上葉みあはその日のMARsのプリズムショーに飛び込み、大勢の観客の前で春音あいらを倒すと宣言したらしい。冗談のような話だった。まさか、そんな豪快な、常識ハズレのすごいやつがいるとは。想像もしていなかった。本当に未来はまだ誰にもわからないのだとわかった。
僕がプリズムショーから遠ざかろうとするたび、まるで示し合わせたように僕の前には導師があらわれる。
神は僕にプリズムジャンプを飛ばせようとしている。
チャンスはすぐにやってきた。教室主催でやっているプリズムショーの練習試合で急な欠員が出たのだ。誰でもいい。誰か、明日プリズムショーをやってくれる人はいないか。誰も手を挙げなかった。練習試合とはいえ、きちんと観客の入るショーだ。誰だって、みんなの前で失敗するのは怖い。わかる。さて、じゃあ、僕は?
上葉みあだったらどうする?
迷うことなく僕は手を挙げた。
ショー当日、僕の出番は4番目。それまで、控室で、一人、目を閉じてイメージする。プリズムショーをする自分。プリズムジャンプを飛ぶ自分。やれる気はした。自信はある。問いかける。心はきらめいているか?わからない。だけど、腐ってはいない。
あとは信じるだけだ。
そして出番が来る。僕はゆっくりと立ち上がる。控室は思ったよりも広い。
ステージってのはやっぱり特別だ。独特の緊張感。観客の瞳が、全て自分に注がれる恐怖。見られていることの高揚と不安。歓声と音楽が同時にあがって、僕は自分の身体をリズムに乗せて動かした。出だしは好調。いける。何度も練習してきたのだ。何度も練習してきたことなのだ。身体はきちんと動くのだ。タイミングを図って、ステージの上を滑り始める。心地よい風を感じる。大丈夫だ。ここまでは予定通り。ここからは?未来のことは誰にだってわからない。わからなければ、やってみるしかない。
僕は飛んだ。飛んで、そのまま、落ちた。
失敗した。
立ち上がって、もう一度挑戦する。落ちる。飛べない。そんな。そんな。ジャンプする。落ちる。飛べない。飛べない。飛べない?
僕の心は、ここまできて、まだきらめいていない?
少しずつ、観客の空気が白けていくのがわかる。飛べない素人プリズムスタァにいつまでも付き合ってくれるほど、観客は優しくも物好きでもない。
飛ばなくちゃ。もう一度挑戦する。落ちる。
だめだった。だめだったのか。だめであった。
未来のことは誰にもわからない。でも、もうわかってしまった。ここが僕の未来。今、ここが、これが僕の進んできた道の、結果。終着点。
おわり。
もう、続きません。
「だめだな。まったくだめだぜ。全然わかってない」
声が聞こえた。顔をあげると、盟友サトノクラウンが立っていた。
「お前はなんのためにプリズムショーをしている?おい、お前よ。聞くがいい。プリズムショーに何を見出すか、の時期は過ぎた。もうその時間はない。何を求められているか、これに答えていくことだ」
美しい毛並みの馬の言葉は、神々しい。
「目を閉じろよ。瞳に映る物事は所詮フェイク。心で感じた声だけがリアルだ。おい。おい、お前、未来はまだ来てはいないぞ」
言われた通り、瞳を閉じてみる。暗転。強烈なステージの光だけが微かに感じられる。それだけ。それ以外は何もなくなる。何もなくなったのか?心。愛。祈り。
いや。
微かに、聞こえるものがある。
それは、
「……ば……れ」
それは一つじゃない。
「が……れ……」「がん……れ」「……ん……ば」「が……ばれ」
微かに聞こえてくるその声をもっとちゃんと聞きたくて、僕はより一層自分の心に近づく。祈る。「がんばれ」
ハッとした。目を開ける。そこには何もないと思っていた。ここには何もないと思っていた。ここからは何もないと思っていた。だけど、違った。
本当に僅かだけど、こんな僕を応援してくれる人たちがいた。法月綸太郎。町田康。tyosin。中原昌也。ミンちゃん。桃山みらい。穂村弘。春音あいら。上葉みあ。石黒正数。神浜コウジ。阿部和重。速水ヒロ。高橋源一郎。サリンジャー。ハハノシキュウ。本谷有希子。緒方智絵里。ダノンプレミアム。中村一義。彩瀬なる。松田青子。綿矢りさ。小島信夫。山下澄人。舞城王太郎。仁科カヅキ。海猫沢めろん。真中らぁら。滝本竜彦。佐藤友哉。村上春樹。古川日出男。木下古栗。いちごちゃん。東浩紀。タオ・リン。シユン。天音りずむ。サトノクラウン……。
みんなの言葉が、今の僕を作っている。
僕は僕のプリズムショーになにかを見出そうとしていた。僕の凄さのようなものを探していた。僕は僕のためにプリズムショーをしていた。だけど、違う。プリズムショーはみんなを笑顔にするためにあるのだ。プリズムショーに何を見出すかの時間はとっくに終わっていた。僕は、僕を作り上げてくれた言葉たちに、きちんと応えていかなくちゃいけないのだ。それが、プリズムショー。心の飛躍、プリズムジャンプなのだ。
未来はまだわからない。わからないから、みんな飛ぶ。たった一瞬でも、みんなの未来をいいものにできるように、祈りながら。だから、僕も、もう一度、立ち上がる。
現実ってのはやっぱり厳しい。十代でデビューするのが当たり前のプリズムショー界に、単身、異例の二十代デビューした僕を、世間はあまり快く受け止めてはくれなかった。プリズムショーの仕事も、とても多いとは言えない。だけど、僅かばかりでも、僕を応援してくれる人は増えた。二十代でもプリズムショーデビューできるという事実に、少なからず励まされた人はいるようだった。
とてもハッピーエンドとは言えない。だけど、バッドエンドでもない。そもそも、終わってなんかいない。まだ続く。未来がある限り、僕はプリズムショーを続ける。まだまだここからだ。僕はもっと多くの人を僕のプリズムショーで笑顔にしたいのだ。
明日もきっとどこかで僕は飛んでいる。
つづく。