いとぶろ

いとうくんの楽しい毎日

夏休みの宿題の答え合わせ

2019/08/09(金)_雨
 朝早く起きて、少しだけベッドでうだうだしたあとに部屋の掃除を始めた。部屋の床とトイレくらいはきれいにしておきたいと思ったが、家にはカピカピに乾いたフローリングシート一枚しかなかった。仕方ないのでずっと閉まっておいた雑巾を使うことに。大きなホコリは掃除機で吸い、その後雑巾がけ。めんどくせぇ……。物が積み上がったスペースを片す体力はなく、放置。ホコリまみれの雑巾で便器だけはきれいに磨いておいた。トイレをきれいにするのは楽しい。
 お昼過ぎ、香賀美くんが来る。お土産にチョコミントのアイスを買ってきてくれた。ありがたい。香賀美くんはバニラのアイスだった。二人で食べる。香賀美くんは今夜、渋谷のほうでライブがあるので長居はできないとのことだった。家にいてもつまんないし、外に出る?と訊くと「雨だし、あちぃーし、いいじゃん。ここで遊んでようぜ」との返答。なんとなく嬉しい。二人で最近イチオシの音源を流し合ってどっちがイケてるかバトルをした。判定も僕たち二人しかいないので、後半グダグダになったがそれなりに楽しかった。アイスを食べ過ぎたのか、香賀美くんが何度もトイレに立つので便器を掃除しておいてよかった、と思った。でもあんまり浴槽とかキッチンをジロジロと眺めないでほしかった。
 香賀美くんを駅まで送って、駅前の喫茶店へ。ナポリタンを食べながら平山夢明『ヤギより上、猿より下』を読む。相変わらずひどい。特に表題作は、落ち目の嬢しかいない風俗店にオラウータンとヤギが嬢としてやってきて、オラウータンがNo1になるというもの。笑う。
 銭湯に行こうか悩んで、結局家の湯船にお湯をはる。浴槽もきれいにしておけばよかったな。

2019/08/10(土)_雨
 案の定、早めに目が覚める。溜まっていたプリチャンを流し観る。プリティーシリーズのチームが結成するエピソードどれも良すぎる……。王子様ポジ(?)のすずちゃんをお姫さまポジ(?)のまりあちゃんが迎えに行くという構図や、まりあちゃんがブランコで現れるというハッタリが観ていて楽しい。キラッツのみんなが一日駅長になる話もワチャワチャしてて楽しかった。
 お昼過ぎ、森田季節『ウタカイ 異能短歌遊戯』を読む。結構おもしろかった。このあたり(?)のラノベ作家をきちんと追いかけたいな。石川博品も結局耳刈ネルリシリーズとか読めてないんだよなー。あと中村九郎。いや、これらの作家をひとくくりにしてしまってよいのかはわからないんだけど。
 それから、傘をさして駅前の本屋へ。舞城王太郎、百々瀬新『この恋はこれ以上綺麗にならない。』の2巻が出ていたので購入。連載を追っているので改めて買う必要はないんだけど、舞城王太郎書き下ろし小説がついているので、一応購入した。まあまあ面白い。でも、舞城王太郎の作るお話より百々瀬新の描くかわいいキャラクターのほうが説得力を持ってしまっているのは問題だと思う。『バイオーグ・トリニティ』はまだ、舞城王太郎の書く物語と大暮維人の描く漫画が拮抗に勝負していたように感じたんだけどな……。
 夜、香賀美くんから、「飲みに行かね?」と連絡が来るが、明日はコミックマーケットに行く予定なので丁重にお断りする。うう、心が痛い……。エロ本と親友を天秤にかけて、エロ本をとってしまった。でも、苺ましまろの作者本は絶対欲しいのだ。あと、アクリルフィギュアも絶対欲しいのだ。買えたらTシャツも買いたいのだ。ごめん、香賀美くん。

2019/08/11(日)_雨
 香賀美くんの誘いを断っておきながら、起床したのは9時過ぎだった。あれー?しかし過ぎてしまったものは仕方ない。秒で支度する。首からぶら下げるナイロンポーチ、よし。購入したエロ同人をしまうナップサック、よし。この時間からだと並ぶものなのかどうかまったくわからないので、荷物は極力少なめに。ナップサックに石川博品メロディ・リリック・アイドル・マジック』だけ入れて出発する。電車のなかで読む。お、おもしろい。石川博品は結構作風を変える、というか毎回様々なテーマをかかげて小説を書いている作家で、だけどそこにはきちんと誠実さがあるので好感が持てる。僕も美少女アイドルと一つ屋根の下で暮らしたいと思った。
 東京ビッグサイトに着く。なぜか一駅くらい歩かされた。ぎょ、行列だ!すごい人。すごい熱気。昨日までの雨が嘘のように、太陽がガンガンに照りつけている。し、しんどい……。タオル持ってくればよかった。たまの潮風しか味方がいない。過酷だ。なぜこんなにつらい思いをしてまで、と何度も思った。入場する前にもう服がびしゃびしゃになった。これは死ぬと思い、自販機を見つけるたびにペットボトルを購入する。舐めていた……。もうちょっときちんと準備してくればよかった。次はもうちょっと準備してこよう、と決意する。多分、次はないと思うけど。
 なんとか苺ましまろ本だけ買う。アクリルフィギュアとTシャツはもうなかった。ショックだ……。その後西ホールに向かう。2ホールに行きたかったが間違えて1ホールに入ってしまったので一度出て2ホールに向かうが、2ホールに行くには1ホールから入ってくれとの激高が聞こえて最悪だった。なんとかもう一度1ホールに入るが、人が多すぎて2ホールに入れない。そうこうしているうちに、欲しかった新刊が軒並み完売。もう2ホールをまわることは諦めて、フードコートに。涙を流しながらつけ麺を食べた。朝から何も食べていなかったので結構美味しかった。
 食後、もう一度西Bホールへ。石川博品のブースに行く。『あたらしくうつくしいことば』を買う。やっとちゃんと本を買えたので嬉しくて心のなかで何度も感謝した。それから、同ホールをぶらぶらしながらエロ本エリアの人が少なくなるのを待つことにする。14時ごろにようやく活動を再開。コスプレイヤーの人のお尻や谷間を眺めながらアイスを食べる。西2に到着。まともに動けるくらいには人が少なくなっていたので、何冊かエロ同人誌を買って、疲れ果てて帰路につく。ちょうどモノレールに乗り込んだタイミングで雨が振りはじめた。
 家に到着、即、シャワー。それから『メロディ・リリック・アイドル・マジック』の続きを読むために喫茶店に。ついでに夕飯にワッフルを食べる。たまには糖分もええな、と思う。

2019/08/12(月)_雨
 朝早くに香賀美くんから電話。「今日家行くわ」と一方的に云われる。とくに用事があるわけでもないので、もちろん了承。11時ごろに香賀美くんやってくる。床に散らばったままの、昨日買ったエロ同人誌を見て、「お前、こういうのが好きなの……?」と本気でドン引きされる。余計なお世話だった。「犯罪はよくねーぞ」と、謎の心配をされた。
 はやめの昼食を食べるため、外へ。香賀美くんも僕もビニール傘のヘビーユーザーなので、歩きながらもお互いの表情がよくわかる。会話はなかった。香賀美くんはいつもの仏頂面。僕はあんまり香賀美くんが笑っているところを見たことがない。悔しそうな顔や、怒った顔や、怒り狂った顔なら何度も見たことがあるのに。
 駅前のラーメン屋に。ふたりとも豚骨ラーメンの大盛り。僕は紅生姜をこれでもかと乗せて食べた。香賀美くんは紅生姜が嫌いなのか、手を付けようとすらしなかった。誰もいない店内で僕たちだけでラーメンをすすった。ラーメンは対して美味しくなかったが、僕は幸せだった。
 それから、二人で雨の高円寺を散歩した。香賀美くんはTシャツが欲しいらしく、何軒か古着屋を巡って、結局濃いグリーンのショートパンツを買った。なんでやねん、と思ったが口にはしなかった。
 歩き疲れた僕たちはそのまま高円寺の安い居酒屋へ。香賀美くんはカシスオレンジばかり飲む。ビールは苦いだけだし、ハイボールはあんまり味がしなくて苦手らしい。24歳になっても、舌はお子様のままなのだ。まあ、僕も人のことは云えないけど。僕はジンジャーハイボールばかり飲んでいた。
 お互い空けたグラスが3杯目くらいになった頃に、香賀美くんが唐突に真面目な顔で、
「お前の部屋、本、増えてたな」
 と訊いてきた。
「え、あ、ああ。うん。まあ、減ることはないよね。ああいうのは」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
 なにやらまずい方向に話が流れていきそうで、僕はちょうど運ばれてきた焼き鳥をつまんだ。香賀美くんはナムルばっかり食べていた気がする。
「お前、小説はもう書かねーの」
 うん、とか、うーん、とか、何も答えていないに等しい曖昧な肯定を重ねたような気がするけど、あんまり覚えてない。

2019/08/13(火)_雨
 昨日のお酒が残っているのか、少し頭痛がして午前中はベッドの中でうだうだして過ごす。プリチャンの最新話を観たけど、あまり内容が頭に入ってこなかった。
 部屋にあったカップ麺をすすっていると、「あと10分で着くから。外でろ」と香賀美くんからLINEが。わけもわからず支度をして外に出ると、アパートの前に車が止まっていて、運転席の窓から香賀美くんが顔をのぞかせた。
「乗れよ」
 促されるままに助手席に座る。
「なにこの車、どうしたの?」
「借りた」
 運転席の床に十王院グループの名刺が落ちていた。
「どっか行くの?」
「ああ」
 香賀美くんはそれ以上何も語ろうとしなかった。経験上、これ以上の追撃はすべて無視されることを知っているので、僕は黙って香賀美くんの選曲であろう5lackの曲に耳を傾けていることにした。
 香賀美くんの運転する車は早稲田通りを抜け環七通りを南へ下っていった。車を持たない、運転しないことをモットーにしている僕には、もうまったく行き先の予想はつかない。香賀美くんはずっと黙ったままだ。
 今日が、連休の最終日だった。結局、何もできないうちに終わってしまった。こうやって、行動できないままに時間は過ぎ去っていくのかと思うと、少し怖くなった。もう、24歳なのだ。例えば17歳の僕が、どれだけ想像力を駆使しても全く思い浮かべることすらできなかったであろうはずの未来に、僕はいるのだ。
 無性に何かに向けて謝りたくなった。
 やがて車は、もはやどこを走っているのかもよくわからなくなった。
 5lackのアルバムが終わり、そのまま今度はC.O.S.Aが流れる。
 17歳の僕は、まさか自分がヒップホップを聴くようになるだなんて、まったく考えてもいなかっただろうな、と思う。
 C.O.S.Aの声と窓を叩きつける雨音が融合する。もうずっと東京では雨が振り続けている。テレビでは異常気象だなんだと大騒ぎだけど、そうは云ったってどうせ雨なんていずれ止むだろうし、僕にとって雨なんてのは傘をさすかささないかの差でしかないので、なんだかどうでもよかった。もし、もしも神様なんてものがいたとして、その神様が雨を降らせ続けていたいのなら、そうすればいいし、飽きたっていうのなら、やめたっていい。どっちだって一緒だ。
 時間は流れる。C.O.S.Aのアルバムも終わり、今度はC.O.S.AとKID FRESINOがラップを続ける。香賀美くんの表情を伺う。香賀美くんはまっすぐ前だけを見つめていた。僕は目をつむる。

 ついたぞ。声がした気がして、目を開けると、香賀美くんの顔がすぐ目の前にあって傘を差し出された。
「どこ?」
 訊くと同時に、あたりを見回す。知っている場所だ。レインボーブリッジ。受け取った傘をさして外に出る。
「性格悪いね」
「うっせぇ」
 ここは2年くらい前、僕が香賀美くんに告白をして、見事に玉砕した、悪い意味で思い出の場所だった。
「大事な話をするときはここって決まってんだよ」
 どこでだよ、とツッコミたかったが、やめる。香賀美くんの表情がいつにもまして真剣だったからだ。
 雨のなか、香賀美くんがタバコに火を付ける。
「やめたんじゃなかったっけ」
「やめるのをやめた」
「なにそれ、ウケる。一本ちょうだい」
 ん、とタバコの箱とライターを差し出される。久しぶりに吸うタバコは、湿気のせいか雑味が混じっていて対しておいしくなかった。
「で、話って?」
「お前はやめたわけじゃねえだろ」
「え?」
「小説」
「ド直球だね」
「答えろよ」
「……そりゃ、諦められるわけないよ」
 夢だったんだから、という言葉は飲み込む。
「じゃあなんで書かねぇんだよ」
「香賀美くんにはわからないよ」
「は?」
 あ、これ、まじでキレてるやつだ、と思ったときにはもう殴られていた。本気で痛くて泣きそうになる。咥えていたタバコが手のひらに落ちてきて、たまらず泣いた。何か冷やすもの、と探すとちょうど近くに水たまりができていたので手のひらを突っ込む。天気の神様、ありがとうございます。
「テメエ」
 追撃来る、と身構えた瞬間、着信が鳴って、あれ?と目を開けると香賀美くんが慌てた様子で受話器越しに何かを喚いていた。
「おい」
「は、はい!」
「帰る。車、勝手に持ってきたことバレた」
 いや、勝手に持ってきてたのかよ、とは云えず、とりあえずこれ以上殴られることはないようで安心した。

 帰りの車内も沈黙。空気は行きよりも重い。香賀美くんは何も云わないし、僕も何も云わなかった。音楽も流れていないので、完全な静寂だった。頬がズキズキと痛んだ。
 何事もなく車がアパートの前に止まって、このまま別れてしまっていいのか逡巡していると、香賀美くんの方から口を開いてくれた。
「ずっとプリズムショーをしてると、たまにわからなくなるんだ。俺はなんのためにこんなことやってるんだろう、って。でも、そのあと、ライブが終わって、満足そうな客の顔を見て、やっぱプリズムショーはすげぇなって思うんだよ。よくわかんねぇけど、俺は多分、マイナスにあるものを、プラスに引っ張り上げたくて、ずっとプリズムショーをやってるんだなって気づくんだ。でも、みんな、そういうもんだろ。俺たちは何かが少しでもいい方向に転がっていけばいいって祈るためにやってるんだろ」
 だから俺にはわからないなんて突き放すなよ。寂しいんだよ。
 それだけ云って、香賀美くんは車を走らせて行ってしまった。

 それから、僕は布団に潜って、何かを考えようとして、だけど何も考えられなくて、そのまま目をつむる。
 明日から会社が始まる。何かを始めたいけど、始まらないかもしれないし、わからない。人の心なんてすぐに揺らぐから、簡単に何かを決心したりはしない。唯一ハッキリしているのは、頬と手のひらの痛みだけだけど、そこに何かを見出したりもしない。
 なんだかひどく疲れてしまった。
 まだ20時にもなっていないけど、とにかく僕はがむしゃらに眠りたくて仕方がない。

 


ハッピーエンド。 - 野崎りこん