いとぶろ

いとうくんの楽しい毎日

友達が死んだので僕はかなしい

 同居人のパンダ(故人)が先日、自己愛性パーソナリティと診断されたので気になって僕も自己診断チェックシートにいくつ当てはまる項目があるか確認してみたら、10個中13個当てはまってしまった。????? どういうことだ? 見間違いかと思い、もう一度チェック項目の数を上から丁寧に数えあげた。1、2、3、……10。10個ある。そのうち当てはまるのは1、2、3、……14個。なんてことだ。また1つ増えてしまった。何かの間違いかもしれない、もう一度だけ確認してみようとマウスをスクロールさせた瞬間、ロフトの上でパンダが暴れ出した。
 パンダの病気はここ数日、特にひどい。二日前なんて、上野で気分良く飲んでいたらHUBの入り口にやけに人だかりが出来ていて、見てみるとパンダがラグビーのユニフォームを着た大学生を片っ端から引きちぎっていた。
 ブォン。
 ブチッ。
 パタン。
 積み上げられた大学生の死体(と呼んでいいのかもわからない物体)に外国人がふざけてお酒をぶっかけたらパンダはその外国人も引きちぎってしまった。オー!ノー!と近くで酔っ払ったサラリーマンがふざけて叫んだらそのサラリーマンも引きちぎられた。僕は血の海というものをその時はじめて見たが、もう二度とあんなものは見たくない。
 人が死ぬのはとても悲しいことだ。
 その日、家に帰るとロフトの上でパンダがすすり泣いていた。
「人をあんなふうに殺すのは良くないよ」と階下から声をかけると、「うるせぇよ!!!!!」と怒鳴られた。怒鳴り声と一緒に、冷えきったレモネードが勢いよく飛んできて、買ったばかりのスーツケースが黄色く染まった。大学生のときから愛用しているジュンク堂のマグカップが大きな音をたてて割れた。だけど僕は何も云わなかった。ああなってしまったパンダには、何を云っても無駄だと知っているからだ。
 パンダはもう何週間も風呂に入っていなくて、元々白かったはずの体毛も随分と黒ずんでしまっているから、パッと見で彼がパンダだと誰も気づかない。
 次の日、新宿で映画を観て帰ってくると、珍しくパンダがロフトから降りてきて、パソコンをいじっていた。
「何してんの?」
凱旋門賞の予想してる」
 パンダが競馬に興味を示すのは珍しかった。いつもは競馬を観戦する僕のことを、あんなの人間のエゴだろ、とか、動物にお金を賭けるなんてアホじゃないの?とか、どうせ当たんないのになんでそんな熱中できるかね、とか、冷めた目で馬鹿にするパンダだったのに、どういう風の吹き回しだろう?
 ただ、パンダが何かに興味を示すのはいい兆候だと思い、僕はお節介にならない程度にパンダに今回出走する馬の情報を教えてあげた。パンダはふうん、と気のない相槌を打つだけで、聞いているのかいないのかよくわからない様子だった。
 パンダはキセキが勝つと予想した。
「なによりもまず、名前がいい。名前がいいやつってのは信頼できる。名前には人の祈りが込められてるからな」
 僕は日本馬が凱旋門賞を勝つのは難しい、特にキセキは前走のトライアルであまりいい結果を出せていない、と説明したが、パンダは耳を貸そうともしなかった。パンダは僕のJRAのアカウントでキセキの単勝に1万円賭けた。
 キセキは7着だった。
 パンダは怒るでもなく、悲しむでもなく、最初からまったくそんなものには興味がなかったかのように、何も喋らずロフトの上に戻っていった。
 次の日、パンダは自分の喉を掻っ切って死んでいた。
 臭くなるといけないので、僕はパンダの死体を窓から投げ捨てた。
 一週間後、大きな台風が東京の街に幾億ものパンダの死体を降らせ、みんな死んだ。
 死ぬ間際、空から降ってくるパンダのひとつと目があった。黒目がちな瞳で、パンダはこう語っていた。ノー!!!!!!ノーフューチャー!!!!!!!!!!!
 だけど本当はそんなこと語っていなかったかもしれない。
 おわり