いとぶろ

いとうくんの楽しい毎日

いとうくん再生日記〜沖縄編〜1日目

 どうも、よくないものが僕のなかに沈殿している。そのせいで、ずっと頭は冴えないし、手足の動きは鈍重だし、帰りの電車ではデブ女しか隣に座ってこない。ここは狭い。それに息苦しい。
 学生時代は終わりが設定されていたのでよかった。いずれこの生活が終わる、ということにどれだけ救われたか。あの頃は、夕暮れを眺めるだけでエモい感じになれた。エモエモ人間だった。今じゃ、夕暮れを拝んだところで深刻に死にたくなるだけだ。
 9時半に出社して、パンダの頭を割ってベルトコンベアーに流す作業に励む……。要領が悪いせいで大抵定時にノルマが終わることはなく、19時、20時、と時間だけが延々と間延びしていく……。何のために僕はパンダの頭を割っているのか? そう自分に問いかけることにも飽きた。給料や待遇は他の企業に比べると全然いいが、それが何だって云うんだ。いくらお金を多く貰えて、休みを多く取れたところで、この地獄が終わるわけでは、決して無い。要領が悪く、まわりの社員から哀れみや軽蔑の目を向けられることに耐えさえすれば、安定した暮らしを送ることができる……。安定した暮らしを送ることができるってだけで、定職にも就けなかった人間にマウントを取られ続ける生活……。毎月決まったお金が振り込まれ、日々を消費する人間はクリエイティブではないという狭い見識……。一方で、したくもない成長を促そうとする上司……。どこにも味方がいない……。誰にも理解されない……。
 何かを変える必要がある。
 何かを変えたい。今の生活にはうんざりだ。死にたい。飽き飽きした。飽き飽きの秋だ。しかし、だからといって、じゃあ変えましょか! と例えば会社を辞めたところで、その先に待っているのはまた別の停滞だ。結局死にたいだけの毎日だ。それがわかっているから、新しいことを始める気にもなれないし、何事にも一生懸命になれない……。どうせ意味ないし……。なんか、張り合いがない、っていうんすかね……? だって、結局みんな似たようなやつなんでしょ……? 僕は聡明だからそういうのわかっちゃうんだよね。
 じゃあどうすればいいのか?ここじゃないどこかに行きたいが、ここじゃないそこへ行ったところで、今度はそこじゃないどこかに行きたくなる僕に、進むべき道はあるのか?
 ある。
 たったひとつの冴えた再生の呪文が、ある。
 旅行に行けばいいのだ。
 旅行なら、簡単にここじゃないどこかを体験できる。そして、それは期限付きの非日常なのだ。ずっとそこにいることはできない。飽きる前に終わる非日常! 甘美な響き……。
 僕は沖縄の地で再生する。
 
 さて、フライト予定の土曜日、僕は家にいた。
 ロフトの上で、寝転がって漫画を読んでいた。
 本当なら成田空港発那覇空港着の飛行機に乗っているはずの時間に、ロフトの上で寝転がって漫画を読みながらヘボいウィスキーを飲んでいた。
 どういうことか?
 改めてここで報告するまでもないが、台風が来ました。木曜日の時点でスーパーはカップ麺やペットボトルを大量に抱えた人でごった返していました。金曜日には僕も、重たいペットボトルを持って駅前から我がアパートまで、約1km歩きました。死ぬかと思った。それから散髪に行った。メンヘラなので髪型をすぐ変えたくなるのだ。
 髪を切り終えた僕はそれなりに上機嫌だった。土曜予定だったフライトはすでに日曜日に変更している。午後から電車が動くかどうかだけが不安だが、まあ、なんとかなるだろう。
 この時点で僕はわりとのんきだった。
 この時点で僕はわりとのんきだったので、次の日もロフトの上で寝転がって漫画を読みながらヘボいウィスキーを飲んでいられた。
 しかし午後15時ごろ。オンラインでチェックイン手続きができることを思い出した僕は、酔ってへろへろの頭でブラウザを立ち上げ、LCCのホームページに飛んだ。予約番号とメールアドレスの欄を埋め、チェックインを済ませようとしたが、????? なぜか全くログインできなかった。
 ???????
 僕が酔っているからチェックインできないのか?そういえば泥酔者は飛行機に乗れなかったような気がする……。
 酔いを覚ますために烏龍茶を飲んでいると、LCC会社からメールが来た。
 僕が乗る予定だった飛行機が欠航になったことを告げるメールだった。

 昼寝をして、滝本竜彦超人計画』を読み返して、タバコを吸って、窓を叩く強風に怯え、湯船に浸かり、カップそばを食し、パスタを食し、ヘボいウィスキーを飲んだ。

 これが僕の再生1日目。
 これが僕の再生1日目?
 これが僕の再生1日目だった。

 気がつくと、雨風が弱くなってきていた。
 今日一日、ずっと小麦粉しか口にしていなかったせいか、無性にサラダが食べたくなった。
 再生1日目に食べたいものを食べられないのは不幸だ。
 不幸なのは嫌だ。
 不幸なのだけは嫌だった。
 だから僕はまだ街中に台風の気配が残るなか、傘を差しながら近くのコンビニへ足を運んだ。
 苦労してたどり着いたコンビニは閉まっていた。
 手ぶらで家に帰る途中、突然強風が吹き、ビニール傘がバラバラになった。
 帰宅した僕は、本日二度目のシャワーを浴びた。脱衣場から出ると、隣の部屋から楽しそうな談笑が聞こえてきた。よく考えると隣の部屋には誰も住んでいなかった。
 14日には沖縄にいる、14日には沖縄にいるんだ、それまでは耐えるんだ。
 ブツブツとつぶやきながら、布団に入る。喉に少し違和感があった。相変わらず頭が重たかった。低気圧のせいだと思った。
 再生1日目は、そうして終わった。

 つづく