いとうくんの再生日記〜沖縄編〜4日目
海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海。
海だった。
眼前に、広大な海原が広がっていた。風が強くてウザったい。風に乗せられた砂が靴の中に入ってきてめんどくさい。マジで。
磯の強烈な香りにくらくらする。
くらくらした。
さて、6時半に目が覚めた僕は、後輩で名探偵をやっているいちごちゃん(美少年)からメールが来ていることに気づいた。
メールの内容はこうだ。
「やっほー、先輩。沖縄はどうですか?きちんと再生できそうですか?相変わらずの出不精で、ホテルの近場を観光して終わろうかなとか思ってませんか?A&Wで大好きなルートビアをたらふく飲んで、ホテルで寝てればいいやとか計画してませんか?前乗りで大阪に行けないかなとか考えてませんか?
クズでマヌケで変化が怖いくせに変化を望んでもいてニッチもサッチも行かなくなったかわいそうな先輩のことが、僕は心配です。
この前のゴールデンウィークだって、関西に行った話を聞いて愕然としましたからね。まったく目新しいものがないじゃないですか。傷心旅行に、別れた相手の地元へ行くストーカー男のような気味悪さを感じましたよ、あれは。
あのね、先輩、そろそろ動いてください。
先輩は再生するためにそこにいるんでしょう?
勝手に傷ついて、勝手に盛り上がって、勝手にそこにいるんでしょう?
だったら、せめて再生くらいはしてもらわないと、困る。
僕はね、先輩に貸した3000円をまだ返してもらってないんですよ。ふざけんなですよ。部屋から出てきてもらわないと困るわけですよ。LINEのブロックも解除してもらわないと困るわけですよ。
というわけで、先輩にオススメの観光地を調べておきました。思うに、先輩に必要なのは信仰心ではないでしょうか?何かを強く信じることのできる心ではないでしょうか?先輩は結局、何一つ信じることができないから、まわりの人間と仲良くすることができないし、自分に自信がなくて仕事もうまくいかないんじゃないでしょうか?
そんな先輩に朗報です。
どうも沖縄には、神々が降り立ったという神秘的な離島があるようです。URL貼っておきます。もし先輩が、明日はA&Wでルートビア飲んでスーパー銭湯でゴロゴロしてればいいやなんて考えているのなら、その怠惰な精神を殺して、ぜひ、神の島へ行ってみてください。本島から20分ほどで行けるようですよ。
どうぞ、ご考慮ください。
こんなメールはただのおせっかいであることを願うばかりですが。
いちごちゃんより🍓」
一言一句その通りだと思った僕は、メールにあるURL先のページへ飛び、港行きのバスが出ているらしい那覇バスターミナルへ向かった。
那覇バスターミナルに到着したのが午前9時。その30分後に港行きのバスが出発。バスに揺られ、約1時間後、僕は安座真港にいた。
小さな待合所でフェリーの切符を買う。お土産売り場にウミヘビが一匹丸々売っていて、ちょっと購入を迷ったけど、3000円くらいするので諦めた。
30分後、僕を乗せたフェリーが港を出発した。僕の前には、会社仲間だろうか?40代半ばくらいのジジババが3シートほど占拠して「仲間最高!」と喚いていた。ノーニューフレンド!ノーニューフレンド!ノーニューフレンド!と騒いでいると、僕の隣に座っていたカップルも一緒になってノーニューフレンド!ノーニューフレンド!と一緒に騒ぎ始めた。フェリーが揺れた。内臓が天に上がって、それから地面に叩きつけられた。いつしか騒ぎは船内全体に広がり、老若男女国籍問わず皆がノーニューフレンド!ノーニューフレンド!と歓声をあげていた。またフェリーが揺れた。内臓が天に上がって、地面に叩きつけられた。老若男女国籍問わない人々が一斉にジャンプして、また内臓が天に上がって、地面に叩きつけられた。
最悪だった。
最悪だった瞬間、いきなり騒いでいた老若男女国籍問わない人々が一斉に消えた。
突然、船内は僕だけになった。
フェリーが本日の目的地、久高島に到着したのだった。
フェリーを降り、坂を登ると何軒か定食屋があった。僕は適当な定食屋に入り、イラブー汁御膳を注文した。味噌汁のなかにウミヘビがぶち込まれていた。皮に変に弾力があり、ゴムのようだった。ゴムを噛み潰すと漢方を混ぜた肉団子のような、妙な風味が口内に広がった。とても美味しいとは言えなかった。2000円もしたのに……。
さて、それでも食欲だけは満たした僕は、とりあえず民家のあるあたりを歩いてみることにした。
民家が集まっているというのに、驚くほど人の気がない。小中学校の前を通るとき、微かに子供の笑い声がする以外は誰の声も聞こえない。たまに人がいると思っても、レンタサイクルに乗った観光客という有様だった。
奥まった道を進んでいくと、何かが焼ける臭いがしてきた。もうすこし進むと神社のような建築物があり、その前で大人が数人、何かを燃やしていた。何を燃やしているのかは、こここらじゃわからない。何かの神事の最中かもわからなかったので、それ以上進むことはせず、来た道をそのまま引き返した。
民家を抜けると、閉じた世界は突如終わり、海が広がっていた。
「う、う、う、海だーーーー!!!」
砂浜を中学生くらいの男の子が叫び、走り回っていた。なぜか頭にタコが巻きついていた。コケた。いつの間にか、足にもタコが巻きついているようだった。男の子のお父さんがやってきて、男の子からタコを引き離そうと必死にもがいていた。砂浜に寝転がった外国人が、それを見て笑った。
僕は磯の香りにやられ、海に近づくこともできなかった。
くらくらした。
さて、島といえばレンタサイクルである。レンタサイクルといえば島である。海をあとにした僕は、待合所でボロッボロのママチャリをレンタルして、カマンベール?みたいな名前の岬を目指すことにした。
カマンベール?みたいな名前の岬は島の一番奥にあった。そこまで行くには、草木に囲まれた一本道を延々と走る必要があった。時たま、〇〇浜と看板があって、その度にママチャリから降り、脇道に逸れ、海を眺めた。どこにも誰もいなかった。あんなにたくさんいた観光客はどこにいってしまったのだろう?
くらくらする。
3つ目くらい寄り道して、それで海を眺めるのにも飽きて、そこからはひたむきに前へ進んだ。
僕の進む道を取り囲む草木以上に高いものなど何一つ存在せず、ただ、黒い蝶々がひらひらと舞っていた。
正直、僕は飽き始めていた。磯の香りにも、延々と続く同じ風景にも。
だから、カマンベール?みたいな名前の岬に到着しても大した感動はなく、ただ、これで帰れるのだと安堵するだけだった。
港への帰り道、ここに暮らす人々のことを想像しようとしたけど、うまくいかなかった。
港近くのお店でイラブー酒を飲み、港のベンチでぼんやりしていたら6時間が経っていて、ようやく高速船で本島に帰ると、まだ16時なのにバスが一本もなかった。グーグルで調べると、30km先にあるバス停からバスに乗れと言われた。タクシーの料金を調べると、7000円するの言われた。
ここは東京じゃないのだ。
僕は泣きそうになった。
泣きながら1kmほど歩き、観光案内所に逃げ込むと、そこのおばさんが優しく帰り方を教えてくれた。感動してまた泣いてしまった。おばさん曰く、南城市の鳥取と枚方を経由すれば那覇に帰れるとのことだった。
「鳥取で降りて、その30分後にくるバスに乗って枚方を通過すれば那覇に帰れます」
いや、本当に観光案内所のおばさんはそう言っていたのだ。そして実際、鳥取の山中を縫うようにバスは進んだし、暗くなったロードサイドの景色は枚方駅前のラーメン荘を食べ、下宿に帰宅するときの景色そのままだったのだ。
これは神の見せた奇跡か?それとも過去が魅せた幻か?
どちらでもいい。
ただ僕は、呑まれないようにバスの天井をじっと眺めるのみだった。
つづく