いとぶろ

いとうくんの楽しい毎日

いとうくんの再生日記『回答が与えられ、認識は逆転を起こす』

 申し訳ないが、そこで語られた世界の秘密について、詳細を記すことはできない。なぜなら、それは突き詰めればただの笑い話でしかないし、あまりにもどこにでもありふれた凡庸な話でしかないし、なによりも僕個人の話ではなく、僕の家族の話なのだ。僕にだって、守りたいものの一つや二つは、ある。
 そして僕はこれまで僕が嫌い続けたナニカを許した。


 さて、次の日、僕は大学時代お世話になった古本屋ジグソーハウスに行くが、時すでに遅く、ジグソーハウスは数日前に店舗営業をやめた後だった。悲しい。
 例えば、僕がここで死んでみせれば、僕は僕が望むジグソーハウスに行くことができるのだろう。
 だけどやらない。
 僕は死なないで、梅田の蔦屋書店へ歩いて向かう。蔦屋書店の一角にはジグソーハウスの本が出店された棚があり、僕はそこでタイトルに惹かれてコナン・ドイルシャーロック・ホームズの復活』と書き出しの一文に惚れてマーガレット・ミラー『心憑かれて』を購入する。
 『心憑かれて』はこういう書き出しで始まる。
「時は八月の末、子どもたちはそろそろ夏の自由にうんざりしていた。」


 僕は正直、東京に帰りたい気持ちもある。
 僕は帰る。
 僕は僕の意思で、そうすることを決める。


 次の日、いちごちゃんが東京駅まで迎えに来てくれる。
「先輩、三千円返してください。あと、お腹が空いたので夕飯を奢ってください」
 僕は苦笑いしながら、財布から三千円を取り出し、いちごちゃんが食べたい食べたいとうるさい駅構内のとんかつ屋に入る。
「メールありがとう。その、心配してくれて」
「は? あ、先輩、僕この二千五百円するとんかつが食べたいです。すいませーん!」
 僕は何かを云いかけて、やめる。
 僕は二千五百円もするとんかつを勝手に二つも頼むいちごちゃんを、ただ眺め、次にいちごちゃんが口を開く瞬間を、待つ。そして、それはすぐにやって来る。
「さて、では改めて、おかえりなさい、先輩。長い長い長い長い長い長い旅行はいかがでしたか?」
 僕は、
 僕は、それで、再生できたのだろうか?
 明日から、もう大丈夫になったのだろうか?
 それとも、まだダメなままなのだろうか?
 まだ、壊れたままなのだろうか?
 わからない。
 僕の結論はいつだってそうだ。わからない。
 僕は、自分が再生できたのか、そもそも再生の手段に旅行を選んだことは正しかったのか、もう大丈夫だと胸を張っていいのか、明日からまたきちんと東京で生きていくことができるのか、みんなに優しくできるのか、自分に優しくできるのか、何かを変えることができたのか、ここは天国なのか、それとも地獄なのか、そのどちらでもないどこかなのか、わからない。
 わからないのだ。
 ただ、ひとつのことを除いて。
 僕は答える。
「うん。楽しかった」
 ピース。笑顔で。


本当の本当におわり